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愛されて54年!下田東急ホテルの今日まで。そして明日から

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有効期限年12月31日まで

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下田東急ホテルは開業55周年に向け全館を改装し
2017年春、リニューアルオープンいたします。

みなさまに支えられてきた54年の歩みと、
これからもご愛顧いただけるホテルを目指してリニューアルする
今後のビジョンをご覧ください。

※このページの記事は2016年5月に作成・掲載されました。

みなさまに支えられてきた54年のあゆみ

1961~62 昭和36年~37年

10月4日の地鎮祭の様子

10月4日の地鎮祭の様子

地鎮祭

12月には伊豆急行、伊東ー伊豆急下田間が開通しました。

地鎮祭当時の敷地全景

地鎮祭当時の敷地全景

土地造成・建設

駐車場までのS字カーブ、海抜56メートルの絶景など、今に残る風景が伺えます。

1962 昭和37年

10月8日、開業

【開業当時の建物全景】地上5階建て、客室は70室でした(現在は112室)。温泉旅館が主流の下田において、洋風ホテルは珍しい建物でした。

昭和37年10月8日の竣工式。株式会社東急ホテルチェーン初代会長・星野直樹(左から2番目)、初代社長・五島昇(左から3番目)

ガーデンで開催された落成開業パーティー

11月に開講された「慶應義塾大学ビジネススクール(KBS)」主催のセミナー風景。KBSは当ホテル同様、昭和37年設立です。

KBSセミナーの参加者の記念写真。ホテル開業より54年に渡り、当ホテルでセミナーを開講していただいております。

1963~ 昭和38年~

黒船祭り

昭和9年から続く(戦争中は中止)下田市最大の祭典。2016年で77回となります。
開業翌年からVIPの宿泊・歓迎交流会・昼食会などに当ホテルをご利用いただいております。

昭和39年の第25回黒船祭。来賓の駐日米国大使代理エスマン公使ご夫妻。当ホテルから記念式典会場へ移動されるところです。

昭和43年の黒船祭にご出席されたジョンソン駐日米国大使

同年、ガーデンにて開催された「歓迎交流会」。
例年、米国側からは駐日米国大使・在日米海軍司令官・米海軍横須賀基地司令官などの来賓が宿泊されます。

新館オープン(昭和47年)以前のパンフレットに掲載された写真。
モーターボートは当時ホテルが所有していました。高台に見えるのが当ホテルです。

昭和40年9月、ホテルスタッフ水泳大会

昭和40年9月、ホテルスタッフ水泳大会

1970~ 昭和45年~

昭和天皇・皇后両陛下、ご光臨の栄を賜りました。

昭和45年3月、昭和天皇・皇后両陛下が建設中の須崎御用邸をご視察された際のご様子が、静岡新聞に掲載されました。
3月16日に当ホテルにご宿泊いただきました。

新館誕生

昭和46年10月21日、新館起工式の様子

新館上棟式の様子

昭和47年12月25日、新館がオープンした年のクリスマスパーティーの料理

開業当時の設備

ロビー。新館増設前は(昭和47年)、1階に降りるらせん階段がありました。

レストラン

著名人にもよくご利用いただいたバー

皇族にもご利用いただいたデラックスルーム(現在のスイートルーム)

温泉浴室。当時は温泉浴室と家族風呂がありました。
その後、男女別の温泉浴室に改装されました。

ガーデンプールの昔と今

開業当時のガーデンプール
鍋田浜が見えます。

現在のガーデンプール
鍋田浜は昔のままですが、椰子の木など植栽が大きく育ちました。

2017年 春、さらに愛されるホテルへ!~リニューアルのビジョン~

CONCEPT ~コンセプト~

世代を超えたニーズに応える施設づくりと格式の伝承を軸とした
“原点回帰”をコンセプトにリニューアルをいたします。
くり返し訪れたい、目的型・滞在型ホテルとして進化を図ります。

ロビーラウンジの完成イメージ、眺めの良さを最大限活かします。

レストランの完成イメージ、和と洋を一緒に楽しめるスタイルです。

ツインルーム完成イメージの一例、3名・4名でも快適に利用できるベッドを導入します。

リニューアル後にご期待いただきたいこと

[「食」の楽しみアップ]
・レストランを1Fフロアに集約し、洋と和を一緒に味わえるスタイルになります。

[温泉大浴場の快適性アップ]
 ・お客様から要望の多かった温泉浴室の一部拡張・リニューアルをいたします。

[ファシリティの充実]
・眺めの良い宴会場を常設、結婚式はじめ各種ご宴席のニーズに対応いたします。
・海を見下ろすラウンジではバーコーナーも復活、人が集う空間、ホテルの顔となる空間へ

[客室の充実]
・3名、4名にも対応できる快適なベッドを備えたツインルームに生まれ変わります。
・もっとも眺めの良いお部屋、ビューバスを備えたお部屋など、デラックスルームも誕生

[ガーデンの魅力アップ]
・お客様から評価の高い眺めの良さを活かしながら、歩いて、見て、四季の移ろいを楽しんでいただける花の散策路など、魅力的なガーデンに再整備いたします。

関連情報

2016年、秋。全館リニューアル改修工事にともない、現在のボイラーが引退することになりました。開業より54年間、地下室で日夜働き続けてきた重厚な造りの『セクショナルボイラー』ほか、当ホテルの地下心臓部をギャラリーにしました。

2026年1月追記【下田東急ホテル 開業の背景】

・下田の国際的観光地化、外貨獲得を目的に建造
・伊豆急線と合わせ、地域の活性化のために建造

1956年、
伊豆急線開設にともなう伊東下田間地方鉄道敷設免許申請書の理由書において、五島昇はこう語った。
「敗戦によって国土を広く失い、かつ資源に乏しい我が国において唯一の外貨獲得の資源は、風光明媚な国土の観光地を広く世界に紹介し、国際観光立国として外国の旅行者を吸収し、1日でも多く滞在させることであり、これは輸出以上に重量な国策でならなければならないと思います。東京近在にその資源であるべき伊豆半島を持つことは誠に幸いであって、伊東より日本黎明に由緒ある下田に繋ぎ、この地域に東京より3時間前後で行けるようにするならば、その国家的利益は莫大なものと捉えます。」
また、免許出願後の記者会見において、「終生の事業として伊豆の人々のために尽くしたい。他の事業を犠牲にしても必ず完成させる」と語った。

1961年(下田駅開業年度)、
下田東急ホテル起工式後の直会の宴において、五島昇はこう挨拶した。
「下田の街にも、伊豆急の開通を控えて旅館が続々と建てられていますが、温泉旅館をやると地元と競合するので、大資本は大資本でなければやれないものをということでホテルを建てることになりました。これにより観光客の滞在日数を1日でも2日でも延ばせば、我が国の外貨獲得や伊豆のために大いに役立つことと思います」

(開業当時の資料から一部抜粋)